記事一覧

スランプ

パソコンでバージョンアップのプログラムがインストールされている時には動作が鈍くなりますよね。

何をやってもうまくいかない時期は、もうすぐバージョンアップということなのではないでしょうか。


大きくジャンプしようと思ったら、膝を曲げて縮こまる方が高く跳ね上がることができます。


良くなる手前は悪いのが常。


焦らず投げ出さずに、できることはやりながら、飛躍の訪れを待ちましょう。

ちょっとした差がいつの間にか

何かを成し遂げるためにはモチベーションのキープが絶対に必要です。

何事でもちょっとした気の緩みで、もうどうでもいいやとなってしまうことが多々あるのはなぜか?

このくらいでもいいかと思い始めると、1だったモチベーションが仮に0.9になったとしましょう。

気の緩みが10日も続くということは、
ずっと0.9ではなくて前の日の0.9になるらしい。

つまり0.9を10回掛け算。

0.9の10乗はいくつになるかというと.....

約0.35!

元の3分の1くらいになってしまいます。 いやビックリ。

0.9でこのくらいですから、0.7,0.5...となるといつの間にかモチベーションゼロですね。

逆に果敢に日々挑戦する人を1.1として10日目を計算してみましょう。

1.1の10乗は約2.6!!

ひょっとしたらできるかもしれないことが、できそうという確信に変化していくということでしょうか。

0.9と1.1のちょっとした差にしか思えない数字が10日でこれだけの違いになるとは。

数字上のことですが、妙になるほどと思えませんか?

違いがわかりますか?

「絶対にできる!」と力むのではなくて、
「できない」とは思わない、その差が重要。

表現を変えると、

熱しやすく冷めやすい闘志ではなく、
穏やかではあるけれど揺るぎない決心の継続が必要です。

今朝の出来事

今日は朝から土砂降りでした。

妻と娘が、朝早くから出かけることになっていて、
この雨の中、大変そうなので、車で送っていくことにしました。

朝の9時に電話カウンセリングの予約が入っていましたが、
往復しても余裕で間に合いそうなので、8時10分に出発。

ところが、お盆休みのためか意外と車が多く、
しかも、大雨のためにライトをつけて安全運転するような状況だったので、
予定していた通りには進みませんでした。

目的地に着いたのが8時38分!

そのまま折り返しましたが、片道28分かかっているので、
帰りも同じなら到着時刻は9時6分くらい・・・。

9時のカウンセリングの方はいつも時間ぴったりに電話してくる人です。

雨の降り方も、道路の混み方も、信号も行きとそれほど状況は変わらず、
どう考えても9時には間に合いそうもありません。

でも、無理して急いで事故を起こしたら馬鹿らしい話。

まあ、5、6分遅れで、こちらから折り返し電話したところで、
特にお怒りになることもないだろうと思うことに。

こういうちょっとしたピンチには、
「私はツイテル!困ったことは起こらない」と念じるようにしています。

それでも、少し気になるので、時々デジタル時計に目をやりますが、
気持ちに余裕が出てきたせいか、時間の進み方がゆっくりになってきました。

気持ちが焦っている時には、「え~、もうこんな時間」と思って、
なおさら焦ることになりますが、その逆です。

次第に、もしかすると間に合うかもと思えるようになり、
9時4分前には、行けそうな気がしてきました。

1分前に自宅近くの信号が赤に変わりストップ。

信号が変わって、車庫に入った時に時計は9:00。

部屋に戻ると、体重のグラフはファックスで届いていましたが、
着信履歴を見ても、まだ電話は来ていませんでした。

30秒くらいして鳴り、普通通りにカウンセリング!


「ちゃんと間に合った!感謝します!!」


そんなことで喜ばなくてもと思うかもしれませんが、
私的にはとんでもない奇跡が起きたと思っています。

幸せのハードルを低めに設定しているので、なおさらです。


人は何かに守られていると、信じていようが、信じまいが、守られています。


普段の何気ない生活をしていると、そのことが当たり前に思えて鈍感になってきます。

だから、時々、こうしたことが起きて、
信じる力がある人は、守られているということを再認識することができる。

しかも、次に困ったことが何か起こっても、
「また、再認識する絶好の機会が来たな!」と思えるようになる。

100%自分の望むようには世界は動きはしませんが、
習慣にすれば、確率はアップしていくそうです。


私は「信じる派」ですが、あなたは?

うつ病に思うこと

今日の来院カウンセリングでの話です。

50代の女性ですが、3週で2.5kg減。

この方は以前にパニック障害で入院経験があり、その後も抗うつ剤の服用を続けているのですが、
体重が20kgくらい増えたので、ダイエットと元気になりたいというのが目的でスタートしました。

抗うつ剤の副作用で太るということは多く、
私の個人的な意見ですが、うつ病それ自体が、薬で治すもの、治るものとは思っていません。

うつが完治して薬をもう飲んでいませんという人に会ったことはなく、
ずっと服薬を続けている人ばかりか、
かえって副作用で重症化している人も多いと思います。

こうした問題に対して、つい最近、うつ病学会がガイドラインを発表しました。


過去を悔んで、現在に不平・不満を言い続け、将来を不安に思うことばかりであれば、
楽しい愉快な人生にはならないのは、病気ではなくて誰でもが当然のことです。

心の奥底にあること、つまり潜在意識にインプットされていることは実現します。

気が滅入ることを考え続けるのは、
起きてほしくないことを実現するスイッチをエンドレスで押し続けているということです。

知らず知らずとは言え、惨めな人生を自ら創造していることなります。

思考が現実になるということは
宗教のみならず、哲学でも心理学でも言われていることですが、
検証できないことは認めないという科学偏重主義が
心をないがしろにしてしまったためにいろいろな問題を起こしています。

「大切なものは、目に見えない」と『星の王子様』でも教えているのに・・・。


思考パターンを180度切り替えなくては解決しません。

ないものを数えて不満・いらだちをつのらせるマイナス側から物事を見る思考をやめて、
今あるものを一つ一つ思い起こして感謝するプラス側からの思考へ。

天災で家がなくなったり、死亡することもあり、
事故や事件に巻き込まれて亡くなる人もいます。

今日も無事に生きていて、食べるものもあって、住む家もある。

そこから始めて、
「ない」ものではなくて「ある」ものについて思いを巡らし「ありがたい」と思う。

それを毎日の習慣にすれば、人生の進行方向をシフトできます。


ちなみに、その女性は体重が減ってきたのが嬉しくて、
1日3回の抗うつ剤も1日2回にしているそうですが何も問題なく、
よく眠れるので、昨夜は睡眠薬を飲まないで寝てみたそうですが、
朝までぐっすりだったそうです。

「毎日が楽しくなってきました」と笑顔で言っていました。


自律神経の働きがきっちりリズムを取り戻し、
自分の人生は自分が舵取りをするということに目覚めれば、
薬漬けの人生にも近いうちに終止符が打てるのは当然のこととアドバイスしました。

意志が弱い

ダイエットできない人の言い訳として最も多いのが

「私は意志が弱いから」

自分自身以外のこと、つまり方法や状況や他人のせいにするよりはマシと思う人もいますが、
自己卑下をする習慣は人生を暗くしているはずですから、どっちもどっち。

意志が強いかと問われて、YESと答えられる人はどのくらいの割合でしょうか?

1%未満でしょうね。

眉間ダイエットを始める時に、
「私、大丈夫かしら。意志が弱いので・・・」という話はよく聞きますが、
「あなただけではありません。みなさん、そう言いますが大丈夫です。」と答えます。

今までは意志が弱かったと思い込んでいたでしょうから、
太ってしまったというのも事実。

でも、人生は心の持ちようひとつでどこからでも挽回できます。


「意志が弱いので続かない」とよく言いますが、原因と結果は本当はまるで逆。

「続けないから意志が弱くなってしまう」のが真実。


「できない自分」をあれこれ何度も繰り返し強化して現実にしていることに気付くべき!


話は少しそれますが、息子が硬式テニスをやっていて、
メンタル強化法という講習会に参加してきた時の報告です。

実践上のポイントはというと

《どんなことでもいいから毎日続けること》


私はテニスのテクニックについては息子にアドバイスしませんが、
やる気・モチベーションに関しては仕事柄いろいろと言います。

「張り切ってやる日もあるけれど、スイッチオフの日もあるのでは台無し。たとえ80%でも毎日続けることが大事」

いつも私は言っていましたから、
講習会で同じことを言っていたのでなるほどと思ったそうです。


「続ける」ということの期間も世間の認識は緩すぎる。

たぶん「三日坊主」という言葉が良くないのではないかと考えますが、
1週間、あるいは2週間続けたのに結果が出ないということもある。

何事もこれこそはと思うことを叶えたければ、期間は月・年の単位です。

何を成し遂げたいかによりますが、まずは何事も最低でも1ヶ月!

2週間は続けたうちに入らないと思うべきです。ちょっとかじってみた程度。

ダイエットでも禁煙でも、これまでの長年の悪しき生活習慣を変えるのに
1、2週で解決するなら誰でも簡単に解決できてしまうでしょう。

まずは1ヶ月。 そしてもう1ヶ月・・・。


続けるほどに簡単にやめるのがもったいなくなります。

私の場合は禁煙がそうでした。

3か月続いたのだから、ここで1本吸って元の木阿弥にはしたくない!

継続するほどに継続が義務化・習慣化してくると同時に「自信」になる。


「1日も休まずにここまで続けたんだろう。自信を持てよ!その資格、お前にはあるぞ!」

いざという時に自分に語りかけることができる。

スポーツ選手のメンタル強化はここがコアです。

あることを続ける期間が長いほど深い自信になりますし、
同じ期間なら続ける内容が難しいほど強化されます。

「100日間、毎日ずっと」と「100日のうち3日休んじゃったけれど」は
自信の程度は100対97はありません。月とすっぽん!


「○日間で変わる!あなたの人生」みたいなタイトルの本が巷に多く出回っていますが、それは間違い。

鵜呑みにするとガッカリするだけです。

正しくは「今すぐに変える!あなたの人生」

そして毎日の継続が重要。

「機嫌」と「mind」

普段使っている言葉なのに、ちょっと気になって調べてみることが時々あります。

最近気になったのは、タイトルにあるように「機嫌」


「いや」とか「きらい」という「嫌」の字が入っているのは何故??


普段は「気分」や「気持ち」という意味で使っていて、
「機嫌が良い」と「機嫌が悪い」というように
「機嫌」そのものには良い悪いがなく中立的、
あるいは「不機嫌」と否定の意味を考えると
ニュートラルよりは「ややいい気分」寄りではないかと思いますが・・・

でも「嫌」の字が入るのはもともとマイナスのイメージなのか?


そこで調べてみると、  (WEBで日本大百科全書[小学館]から)

**********

機嫌(きげん)   

本来は仏教語で「譏嫌」と書き、
譏(そし)り嫌うの意で、世間の人々が嫌うことをさしたが、
のち意義が多様に分かれ、それとともに「機嫌」とも書くようになった。
「嫌」の字を「げん」と読むのは呉音(ごおん)による。
譏り嫌うことに気を配る必要があるところから、
ことばや態度、物腰などに表れた他人の意向や思惑(おもわく)を意味するようになり、
さらに転じて、ようすや形勢、あるいは気分や気持ちの意となり、
他方では事のおこる時機や機会を意味するようにもなった。
今日では一般的に感情や気分をいい、
「御」の字を冠して、愉快な心持ち、晴れやかな気分をいうことも多い。

**********

もともと「そしり嫌うことに気を配る必要がある」という意味があり、
それでは気分は晴々とはしませんねぇ・・・


そこまで調べて、気がついたのは英語の「mind」(マインド)

名詞では「精神」、「心」という意味の他に「記憶」、「考え」などがありますが、
動詞では「用心する」、「気にかける」、「いやだと思う」などの意味で使います。


日本語のみならず英語まで

「気分」や「心」は
放っておくとズルズルと沈みがちになってしまうのが普通らしい・・・


ダイエット中の人もダイエット中でない人も
意識的に「良い気分」を保つことを大事にしなければならないかと思います。


「ドンマイ!」   Don't mind.

日本は再び大役を引き受けることに

〈世界史の奇跡〉と言われた第二次世界大戦後の日本の復興。

国家の欲望により戦争が起き、
敗戦で焼け野原の状態から
物質的、経済的に、世界が羨むほどに日本は繁栄しました。

年月が経って、
物が豊かにあっても幸福とは限らないと気付き始めた人が増え、
そういった思いを抱いている人にとっては
今回の出来事は「やはり来たか」と感じている人もいることでしょう。


宇宙の法則では思いが現実になると言われます。

「物があるからこそ幸せ」という従来の思考パターンを
人生の基本にしている人々は大多数ですから
経済が回らなくなってきて、将来が不安という集合意識が
天災を呼び寄せたと解釈することもできます。

心にひずみを生じている人々の割合が増えると
生きている地球はそれに同調して地殻も大きくひずむということでしょうか。


いずれにしても現実に起きていることは事実。


でも、〈神様は克服できない試練を与えることはない〉


地球上の他の地域でも起こりうることがこの日本で起きたのは、
再び日本が世界の手本となり、全世界的な成長を遂げるためのように思います。

日本なら、この難局を克服して、世界を変えていく底力がある!  

なぜ日本では大災害の時に略奪が起きないのか、
すでに他国で大きな関心を呼んでいるようですが、
日本人のポテンシャルはかなり高く、日本人であることを誇りに思います。

平和な世界を築き上げる世界の模範になることができると信じています。

前例ができれば、
「自分たちにもできる」と他の人々や国々のポテンシャルが引き上げられます。


ただし、原爆で終戦を迎えたと同じように
今回も原子力が絡んでいることも偶然ではなさそう。

今回の出来事でも日本が復興すると多くの人々は信じていますが、
以前のシステムとは違った方向へ進んでほしい。


多くの国々が日本に対して物的・人的支援を申し出ていますし、
世界の人が日本に向けて「祈り」を捧げています。

物資を送るだけで、後は知らん顔をするのではなく、
「祈る」という行為は次元の高いこと。

「祈り」が医療や治安に効果があることは科学的に確かめられています。

甚大な被害をもたらす天災に比べれば、
国家間のエゴで起こる戦争は何と愚かだと世界は認めざるを得ない。

国家が武装することも愚行であると認識すべき。

実は、天災も各人の意識のパワーで回避することもできるとのこと。


世界がひとつにまとまり、互いに助け合う世界。


大事なのは「物」ではなくて「心」

「心」が折れてしまわなければ、望む世界は創造できる。


亡くなった多くの方の霊に報いるためには
世界中の人々が忘れかけていた大切なことを思い出すことが不可欠だと思います。

「急に」は納得いかないが、「ゆっくり」には甘んじている

ダイエットの痩せ方の話ではありません。

病気や死についての話です。

病気や死を好む人はいませんが、
急であればあるほど、受け入れがたいものです。

「何で、この私が」と神も仏も信じられない思いをするかもしれません。

同じ「病気」や「死」でもゆっくりなら心の準備もできるかもしれません。

もっと緩ければ甘んじて受け入れるというより、
自らの選択で病気や死に向かっていると言えます。

自分の健康に気遣うことをしないのは
「ゆっくりとした自殺」と言えます。

不規則な生活の毎日で、
身体に良くないものをたくさん食べ、
タバコも吸っていて、
その積み重ねをしていれば
健康ではなくて死を毎日選択していることに他なりません。

「何でこんなことになった!」とわめいても、
原因があるからこその結果です。


大人の年賀状でよく見かけます。

「どうぞご自愛ください」


「眉間でリラックス」
こちらのブログもどうぞ。
http://miken00relax.blog28.fc2.com/

相反するルール

願望達成についての本の内容は大きく分けると2つに分かれます。

(A)努力は必ず報われる。
   成功のイメージを頭の中でイメージし続ければ、必ず望みは叶う。
   常にコントロールせよ。

(B)欲しい物をずっと願うことは不足していることを認めていることになるので、望みは叶わない。
   執着することは願いを遠ざけている。
   コントロールを手放せ。
   
どちらが真実?

たぶん両方とも正解であり、不正解でもあると思うようになってきました。

つまりその人のレベルに応じて適用される法則が違うのではないか。
順序的には(A)が先で(B)はあとのことのように思います。

何もなし得ないところからスタートして(A)の法則が理解できるようになると、
自分の努力に応じて自己開発できて、報酬が手に入る。
入試に合格する、会社で昇進する、人によっては社会的な地位・名誉まで手に入れるかもしれません。

でも、必ず壁にぶち当たる。
今までの努力で前進してきたという法則が全くきかない状況になるものです。
多くの人がこのレベルで失意のまま終わってしまう。

孫悟空が思いきり暴れまくっていたと思っていても
お釈迦様の掌の中だということを思い知らされる。

人間の力を超えた何かに気づいた人は(B)の法則に移行します。
越えられない壁にぶち当たりどうしようもないのであれば、(A)のレベルは卒業ということ。

結果にこだわらない、肩の力が抜けて自然体で生きていく。
幸せは何かを犠牲にしてまでもつかみ取るものではなく、ここそこにあることに気が付く。


前回のブログで紹介した「イエスは語る」には
「我が意(こころ)にあらずして御意(みこころ)のならんことを願ふ」と何回も出てきます。

「たとえ貧しくても幸せだと思え」ということではありません。

神は何もかもを与えようとしているのだから、素直に受け取ればそれで済むのに、
自分の手柄にしようと「エゴ」がそれを遮ってしまう。

「できない」、「自分にはその資格がない」、「成功は自分の努力の証し」と思い込んでいては
富も健康も愛ももらい損ねている。
ほとんどの人は「極楽が遮断されている状態」であり、
その遮っている「エゴ」を外すという意識のあり方だけが必要としています。

大昔であれば、生まれてからずっと(B)のままで過ごすことも可能かもしませんが、
現代の先進国社会では小さなころから競争原理の中で育ちます。

(A)の法則は嫌でも適用されます。

「期待が大き過ぎてつぶれる子」と「親にも全く期待されず自信が持てずにしぼんでしまう子」
その間をうまく駆け抜けたとしても、
大人になってその延長線上にいる限りいつかは疲れ果ててしまいます。

「ずっとがんばってきた私の人生は何だったのだろう?」
そう疑問に思った時には次のレベルにシフトするような成長を遂げているということではないでしょうか。

ページ移動